悲しき自転車乗り

ツール・ド・フランス終了。いまだ根深いドーピング。ドーピングの疑惑が必要以上に取り上げられる自転車競技であるが、実際プロ自転車選手にドーピングが蔓延しているのは間違いない。それも一部の選手だけでないのは今年のツールを見ていてあきらかだ。
素晴らしい才能と技術と莫大な努力のうえに成り立つ自転車競技を自分は愛している。ツールに出るようなチームのエース級の選手がすごいのはあたりまえであるが、ただすごく速いことだけに心をうたれるのではない。素晴らしいスキル、それだけならあらゆるトップクラスのスポーツに当たり前に存在することで、それは必ず必要ではあるがそれだけでは充分ではない。それを土台にして高レベルの激しい戦いがくり広げられ、そこから生まれる様々なドラマや、思いもかけないファンタジーに感動するのだ。
今回の件、世界中の多くのファンをがっかりさせてしまったという点でドーピングをしている自転車選手の罪は重い。どれくらいがっかりかというと、意気投合して口説いたと思った女の子に、いざという時、「じゃ、税込み3万円になります。」、と言われた時のようにがっかりである。もともとそういうことを生業にしている女の子を前に、自分だけが知らなかったバカのような気分である。
ドーピングに関してはもちろん選手自身の自制心、モラルアップが必要なのは言うまでもないが、裏でそれを食い物に莫大に金儲けをしているマフィアがいることがかなり問題である。ファンのため自分のためにもそういうマフィアに近づかないことが選手には求められる。そういうマフィアも需要がなければ商売が成り立たないのである。
今回一連のニュースの中でヴィノクロフとカシェキンがツール前にチームのウエアではないあきらかにカモフラージュしたウエアで練習していたこと、ラスムッセンがメキシコにいると言って所在地を偽り、イタリアのドロミテで練習していたことがリークされた。そういうことが即ドーピングにあたるわけではないが、非常に怪しい。非常に怪しいことをしているにも関わらず、みな非常に熱心に練習を積み重ねている。その熱心さにどこかでゆがんでしまった自転車乗りの悲しさを感じてしまう。